東京地方裁判所 昭和43年(行ク)31号 決定 1968年5月20日
申立人 岸本健一
被申立人 東京都北区長
主文
申立人の昭和四三年四月一九日付東京都北区公会堂使用申請に対し被申立人が同日なした承認を同年五月一五日取り消した処分の効力を停止する。
申立費用は、被申立人の負担とする。
理由
一 申立ての趣旨および理由
別紙二に記載のとおり
二 被申立人の意見
別紙三に記載のとおり
三 当裁判所の判断
1 疎明によれば、申立人が東京都東池袋二丁目六二番九号現代文化研究所に勤務する者であつて、地元青年を中心にして結成された「王子野戦病院に反対する青年の会」の事務局次長の地位にあるものであること、申立人が昭和四三年四月一九日集会自体の許可申請とは別に、とりあえず、東京都北区公会堂条例(昭和三五年条例第三号、以下「公会堂条例」という。)三条に基づき、被申立人に対し、同年五月二〇日午後六時より講演会を開催するため、同公会堂の使用を承認されたい旨の申請をしたこと、右申請に対し同公会堂管理事務所長(東京都北区公会堂管理事務所処務規程(昭和三五年訓令甲第一三号)六条五号により同公会堂の使用承認につき専決権を有する)がその使用を承認し、四月一九日、その旨を申立人に告知したこと、申立人が同日同公会堂の使用料の五割に相当する金四、五〇〇円を同管理事務所へ予納し、さらに四月二七日、使用料残金四、五〇〇円を同管理事務所へ納入したこと、その後前記「王子野戦病院に反対する青年の会」と全学連主流派(中核派)が主催し、王子野戦病院開設阻止、榎本重之さん虐殺抗議、王子闘争出獄学生激励を表題として前示講演会が開催されることになつたこと、そして、被申立人が右講演会の内容を知り、かかる内容での講演会を開催するために同公会堂を使用することはこれを拒否する旨を五月七日申立人に告知し、翌八日前記納入のあつた使用料金九、〇〇〇円を現金書留郵便で返戻したこと、ところが、申立人が同月一〇日右返戻された右金員を供託したうえ、被申立人に対し右使用拒否事由の開示を求めたので、被申立人は、申立人に対し同年五月一五日付「北区公会堂使用承認取消通知」と題する書面をもつて、申請書に記載された使用目的と実際の使用目的が相違することを理由として、公会堂条例九条一号に基づき、先になした使用承認を取り消す旨を通知したことが認められる。
以上の事実干係のもとにおいては、前記申立人の同公会堂使用承認申請に対し昭和四三年四月一九日付で承認があり、その後、被申立人において同年五月一五日承認を取り消すにいたつたものと認むべく、また、申立人らが同公会堂を使用して前示講演会開催の趣旨並びに表現の自由の本質にかんがみ、右使用承認の取消処分により申立人に「回復の困難な損害を避けるため緊急の必要がある」と認めるを相当とする。
2 被申立人は、申立人の前記使用承認申請に対し承認をしたことはない、なんとなれば、申立人からまだ附帯施設の使用料を領収していないため、右使用料が完納された際に交付する使用承認書を交付していない(公会堂条例施行規則九条)旨弁疎するが、本件において、使用承認書の交付がなくても申立人の前記使用承認申請に対し承認があつたと認むべきことは前段説示のとおりである。さらに、被申立人は、昭和四三年五月一五日付「北区公会堂使用承認取消通知」と題する書面は、申立人が主張するように公会堂使用承認処分を取り消したものではなく使用を承認しなかつたものである旨種々弁疎するが、上記認定に照し到底採用できない。
3 そこで本案をみるに、申立人の主張の要旨は、(一)前記使用承認取消処分は憲法一四条および二一条の規定に違反し無効である、(二)前記使用承認取消処分は、集会を規制するものであるが、被申立人には集会自体を規制する権限がないから無効である、(三)前記使用承認取消処分には「使用目的に違反した」事実がないのに公会堂条例九条一号の規定を適用した違法があり、その瑕疵は重大かつ明白であるから無効である、というにあつて、これらの主張に対する判断は本案訴訟において慎重審理を要するというべきであり、現段階においては、「本案について理由がないとみえるとき」には該当しないものと認めるを相当とする。
四 結論
よつて、申立人の本件申立ては理由があるから、これを認容することとし、申立費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり決定する。
(裁判官 杉本良吉 渡辺昭 岩井俊)
別紙一 (当事者目録省略)
別紙二
行政処分執行停止申立書
申立の趣旨
一、申立人の申請にかかる昭和四三年五月二〇日実施の北区公会堂使用の集会について、被申立人の同年四月一九日付使用承認処分に対して、被申立人がなした同年五月七日付取消処分の効力を停止する。
二、申立費用は被申立人の負担とする。
との裁判を求める。
申立の理由
一、当事者
(1) 申立人
申立人岸本健一は、東京都豊島区東池袋二丁目六二番九号現代文化研究所に勤務する者であるが、「王子野戦病院に反対する青年の会」(以下単に「青年の会」と略称)の構成員として野戦病院開設反対運動に参加している。
「青年の会」は、野戦病院開設反対運動を積極的に推進する多くの青年有志を中心につくられた任意団体で、現在約三〇名の会員を有し、板橋区大和町一、大和診療所内佐藤侯夫(同診療所事務長)が事務局長として、申立人が事務次長として、数人の事務局員と共に同会を運営する任にあたつている。同会のこれまでの活動は、野戦病院反対を訴えるビラの配布、駅頭での市民討論集会の開催、デモへの自主参加などである。
(2) 被申立人
被申立人東京都北区長小林正千代は、北区公会堂の使用についての管理及び運営について権限を有する者であり、申立人の昭和四三年四月一九日付公会堂使用許可申請に対して、同日同申請を許可する旨の処分をなしたが、同年五月七日に至り突如右許可処分を取消す旨の処分をなした。
二、北区長の公会堂使用許可処分
王子野戦病院に反対する青年の会は、昭和四三年四月中旬頃、同病院の設置されている地元地域において、同病院の開設設置に反対する講演、映画等の市民集会を約一ケ月先の同年五月中旬頃に開催することを企画した。
申立人は、同年四月一九日、同公会堂の使用許可が競願になつて事実上使用できなくなることのないようにするため、いちはやく会場を確保すべく、被申立人東京都北区長に対し、東京都北区公会堂使用申請を行つた(疎第一号「東京都北区公会堂使用申請書」)。
被申立人は、同日、申立人の右申請を承認し、申立人に対し、同公会堂使用料として、同日、半額四、五〇〇円を予納させ(疎第二号証の一「公会堂予納金領収書」)、同月二七日、残額四、五〇〇円を納入させ(疎第二号証の二「公会堂使用料領収書」)、ここに申立人の同公会堂の使用はなんの妨げもないこととなつた。
三、北区長の公会堂使用許可処分の取消
(1) 行政処分の存在
被申立人は、同年五月七日、突如、態度を急変させ、右公会堂使用許可処分を取消す旨の処分をなし、翌八日付で公会堂使用料として納付した九、〇〇〇円を内容証明郵便および現金書留郵便をもつて申立人に対し還付した。
(2) 取消理由についての変転
ところで、被申立理由は、はなはだしく変転を重ねた。
<1>同月七日、申立人が北区区民部長富田清、公会堂所長上野忠男ら区当局者に呼出を受け、申立人の取消処分の通告を受けた際、当初、同人らは、申立人に対し、「全学連の加わる集会では困る。」との理由で、申立人の取消処分の諒解方を求めた。
<2>これに対し、申立人が納得せず、取消の違法を追及するに及び、同人らは、「全学連が来るのがわかつていれば認めなかつた。最近、いろんな人から電話やなにかで『なんで全学連などに貸したんだ』といわれて大変だ。」と洩らし、北区公会堂条例を示し、「全学連が来るのでは、条例第三条の『公益を害するおそれがあると認め』られる。また、申請と実際の内容とが違うので、条例第九条第一号の『使用の目的』に違反する。」と二点の取消理由を主張するにいたつた。
<3>そこで、申立人が、内容はいずれも講演会であり、主催者も青年の会が中心に運営しているので、なんら形式上相違はないむね反論するや、同条例第九条の点を撤回した。
<4>しかるに、区側は、なおも、申立人に対し、「主義主張で禁止するわけではないが、時期と場所が悪い。」という点で固執した。そして、両者の間に応酬が繰り返されたが、結局話合いを続行することとした。
<5>ところが被申立人は、同月八日、申立人に対し、文書(北公発第五号)をもつて、なんらの理由も示すことなくして納付済の公会堂使用料全額の還付方を通告し(疎第四号「東京都北区公会堂使用料還付について」)、現金を返送する挙に出た。
申立人は、同月九日、右内容証明郵便が郵送されたので、これを持参して、翌一〇日、上野所長を訪ね、区側の措置に抗議するとともに、取消理由を明確ならしめるため、文書で提示すことるを求め、同所長もこれを承諾した。
申立人は、同月一一日、大関幸蔵区会議員とともに、被申立人に対し面会を申入れたところ、同区助役、区民部長が応待に現われたが、区側は、取消理由については同月七日のとおりとするのみで、取消処分について取扱いを考慮する意向をかたくなに示そうとはしなかつた。やむなく、申立人は、同所長との前記約旨にもとづき、理由書の提示を要請したところ、準備してあるとのことであつたので、四者会談を打切り、北区公会堂管理事務所主任金子堅太郎のところに赴いたが、北区公会堂条例抜すいの筆写を提示されただけであつた(疎第六号証「北区公会堂条例抜すい」)。そこで、申立人は、再度、区民部長に面会して、理由書の提示を要請したが、ついに拒絶されたまま、いかんともしがたかつた。
申立人は、同月一三日、改めて、同所長に面会し、取消理由を文書で提示することを要請したところ、ようやく、同所長も承諾するところとなり、翌日までには速達郵便にて送付するとのことであつた。
しかるに、同月一四日になつても、なんら音沙汰がないので、申立人は、公会堂管理事務所に電話で催促したが、はつきりせず、ついに申立人が、被申立に対し、理由文書提示の要請書をもつて申入れたが、ついに同日中になんらの回答も得られなかつた。(疎第八号証「北区公会堂使用許可取消しについて理由文書提示の要請」)。
<6>被申立人は、同月一五日午後一時三〇分頃、同管理事務所において、王子野戦病院に対する青年の会事務局長佐藤侯夫に対し、ようやく、申立人宛取消理由書を提示した。
「昭和四十三年四月十九日第十二号を以て公会堂使用申請に基き使用料九千円受領した処、其の後の調査によれば申請書には講演会と映画であつたが、内容が王子野戦病院開設阻止、榎本重之さん虐殺抗議、王子闘争出獄学生激励大集会であることが判明したので、使用申請の目的がいちじるしく相違するので、使用認可をいたしません。
参考
東京都北区公会堂条例
第九条 つぎの各号の一に該当するときは、区長はその使用を停止させ、または使用承認を取り消すことができる。
一、使用の目的または使用条件に違反したとき(疎第九号証「北区公会堂使用承認取消通知」)
被申立人の取消処分理由は、一旦、撤回された条例第九条説が復活してそれだけに限定され、条例第三条説は消滅するにいたつた。
<7>かかる取消理由によれば、被申立人の取消理由とするところにそつて公会堂使用申請を提出するならば、申立人が承認を拒否することはできないことに理論上ならざるをえない。そこで、取消理由の提示を受けた同会事務局長佐藤侯夫は、即時同所において、同事務係員に対し、プログラムを直接表現する記載の申請書であれば承認されることになるかを釈明したところ、受付られる由であつたため、申立人とは別個に、被申立人宛公会堂使用承認申請を提出し、被申立人において受理された(疎第一〇号証「東京都北区公会堂使用申請書」)。
しかるに、北区区民部長は、同月一六日午前一〇時頃、右佐藤侯夫を呼出し、同人の申請を承認しないむね申渡し、同人の取消理由の釈明に対し、「集会名に『榎本重之さん虐殺抗議』とあるが、それをかかげるのは人心に不安を与えるおそがあり、公会堂条例第三条『公益を害するおそれ』に該当する。」として、同条例九条説に藉口できなくなつて、またまた同条例三条説を唱える有様である。(疎第一一号証「北区公会堂使用申請不承認の理由文書提示のお願い」)。
<8>しかも、佐藤侯夫の申請に対する不許可処分については、不許可理由書の提示に応じようとしない。
(3) 取消処分の本質的理由
以上の経緯に徴して、被申立人は、当初全学連の加わる集会は困ると告白した後、あるいは条例第三条説、あるいは条例第九条説と変転をくりかえし、さらには許可取消ないし不許可の理由を明確化することを避けようとし、ついには理論上承認拒否がありえなくなつても、なおも集会利用の拒否を強行しようとしていることが、あまりにも明白である。
畢竟、被申立人は全学連の加わる王子野戦病院に反対する集会には同区公会堂の利用を承認しない、すなわち、集会自体を禁止することとしているのである。
ちなみに、被申立人は、同年四月一六日、共産主義者同盟北部地区委員会主催「北部労学都民総決起大会」に対してまでは、本件と同様の形式の使用申請について、同区営の滝野川会館の利用を認めたが、同年五月六日には、革マル派全学連が、王子野戦病院に反対する集会のため同区公会堂を使用することを拒否するにいたつている。
四、本件取消処分の無効
(1) 集会の自由の保障
憲法二一条は、「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由はこれを保障する。」と規定する。
思想表現の自由は、市民的自由の中核である。そして、民主主義社会においては、各人の思想を自由に表現せしめ、そこに形成される多数の意志によつて国政を決定する政治制度に立つている。そこでは、少数者といえども、思想表現の自由については、平等に厳格な保障を受けさしめなくてはならない。
行政権力は、濫用によつて、市民的自由を封殺してはならないのである。
これを国または地方公共団体の公共福祉用財産についてみると、管理庁の権限の内容は、その性質に応じた方法で積極的に一般公衆の用に供し、その利用の調整、その利用のための維持整備をするにすぎないから、集会のために使用許可の申請があつたときは、管理庁は、その管理上支障を生ずる等なんらかの正当な理由がなくては、その申請を拒むことができない。
判例は、メーデー皇居外苑使用不許可事件について、この理を明らかにし、厚生大臣の管理権の行使は「単なる自由裁量下に委ねられた趣旨と解すべきではなく」、覊束裁量と解すべきであつて、「厚生大臣が管理権の行使として本件不許可処分をした場合でも、管理権に名を藉り、実質上表現の自由又は団体行動権を制限するの目的に出た場合は勿論、管理権の適正な行使を誤り、ために実質上、これらの基本的人権を侵害したと認められるに至つた場合には、違憲の問題が生じうる」と解している(最高裁昭和二八年一二月二三日大法廷判決。集七巻一三号一六五一頁)。
さらに「皇居外苑を日本労働組合総評議会主催の中央メーデーの集会のため使用を申請したのに対し、(イ)それが国民的行事でない上、明らかに政治目的を有するものであること、(ロ)参加予定人員が多く使用時間が長いため、一般公衆の本来の使用が害され、施設が多少とも損傷される上、使用後の清掃等に相当の費用、労働を要すること、(ハ)思想的、政治的に主義主張を異にする団体の使用許可申請が競合しており、また不穏分子の混入防止を充分行ないがたいため治安を害するおそれのあることなどを理由として拒否することは、違法である」と解している(東京高裁昭和二九年三月一八日判決。行裁例集五巻三号六五五頁)。
(2) 本件取消処分の敢行
公会堂とは、相当多数の一般公衆が屋内に会同して講演、映画、演劇等共同の行事に利用される集会場である。
公会堂の管理者たる区長には、右の利用の目的にそうかどうか公共福祉用財産の管理の見地において適正に判断する権限を行使することが委ねられているが、集会を開催することの許可または不許可を決定する権限はないことは明白である。
北区公会堂の使用については、同公会堂条例の定めがある。同条例によれば、公会堂を使用しようとする者は、使用目的等を記載した申請書を提出して、区長の承認を受ける(三条)。
すなわち、同条により、北区公会堂の管理権は、北区長に属さしめられており、公会堂は、区が「直接公共の用に供した財産であつて、国民は、その供用された目的に従つて均しくそれを利用しうるものであり、」「公共福祉用財産をいかなる態様及び程度において国民に利用せしめるかは右管理権の内容であるが、勿論その利用の許否は、その利用が公共福祉財産の、公共の用に供せられる目的に副うものである限り、管理権者の単なる自由裁量に属するものではなく、管理権者は、当該公共福祉用財産の種類に応じ、また、その規模、施設を勘案し、その公共福祉用財産としての使命を十分達成せしめるよう適正にその管理権を行使すべきであり、若しその行使を誤り、国民の利用を妨げるにおいては、違法たるを免れないと解さなければならない。」(前記最高裁大法廷判決)。
かかる制限においてのみ、使用申請承認後、「使用の目的」「に違反したとき」は、区長は、「使用承認を取消することができる」(九条)と解さなくてはならない。
本件において、被申立人は、東京都北区公会堂条例第九条第一号「使用の目的」「に違反したとき」を適用して、使用承認を取消した。
区側によれば、取消理由は、公会堂の利用目的が「申請書には講演会と映画であつたが」「其の後の調査によれば」「王子野戦病院開設阻止、榎本重之さん虐殺抗議、王子闘争出獄学生激励大集会である」というにある。
たしかに、北区は、申請承認の段階では、「講演」「映画」の集会一般として許可したのであつて、それが「王子野戦病院開設阻止、榎本重之さん虐殺抗議、王子闘争出獄学生激励大集会である」かどうかなどという「講演」「映画」の「内容」についてまで詮索することはなかつた。また、それが当然である。
「講演」「映画」の内容が王子野戦病院開設阻止、榎本重之さん虐殺抗議、王子闘争出獄学生激励大集会であること」(この点は、争いがない)は、「其の後の調査」によつて「判明した」ことであろう。
畢竟、被申立人は、「講演会と映画」という「集会」の「内容が王子野戦病院開設阻止、榎本重之さん虐殺抗議、王子闘争出獄激励」というテーマであるため、一旦なした公会堂の使用承認を取消したものにほかならない。
被申立人の取消理由が政治思想による差別、特定の政治的偏向によるものであることは、取消理由の変転、とりわけ、本件取消理由に鑑み、青年の会事務局長佐藤侯夫が被申立人のいわゆる「内容」を記載してなした申請に対しても、北区区民部長において「虐殺抗議」が掲げてあるからという理由で、さらにこれを削除したとしても、「底に流れる考えは同じだからだめである」と高言していることによつて、あまりにも明白である。
(3) 本件取消処分の瑕疵
したがつて、被申立人の本件取消処分は、特定の思想による集会の自由の侵害であり、憲法第一四条および第二一条に違反し、公会堂の管理に名を藉りて区長の権限外の集会禁止を敢えて行なおうとするもので、当然無効である。
五、本件取消処分執行停止の必要性
本件は、思想表現の自由に対する重大明白な侵犯事案であり、とうてい看過することを許さないものがある。
基本的人権については、公共の福祉に対する現実の明白な危険があるときに限つて必要最小限度の制約もやむをえないと解されるところ、本件においては、まつたくの屋内集会であつて、その前後に屋外の集団行動等はなにも企画されていないこと等、なんらの「危険」も考えらないのである。
申立人は、北区当局者に対し、再三にわたり本件取消処分の違法なことを訴え、予測される不安があるとすれば、十分な保障を行う用意がある旨確言する等懇篤に翻意を促したにもかかわらず、被申立人は、いかにしても本件取消処分の撤回に応じない。
仄聞すれば、被申立人に対して本件申請承認後、王子野戦病院反対運動を快しとしない筋からある種の政治的圧力が加えられたと伝えられるが、現に、本件取消処分は、被申立人を覊束する法の執行の名を藉りて、その実まつたく政治的理由によつて集会禁止が意図されたのである。
かかる事案を黙過するならば、人権の保障は危殆に頻する。
申立人は、既に本件集会について新聞、パンフレツト、ステツカー等の宣伝を広く行い当日の運営事務手続も万全の準備を整えているのであつて、今に至つて予定を変更し、また中止することは実際上不可能であり、本件取消処分によつて生ずる損害は回復が困難である。
六、結論
申立人は、許可取消を受諾すること及び使用料金九、〇〇〇円の還付を受けることを拒絶し、同月一〇日東京法務局に右金額を供託し、同月一七日、右公会堂使用許可取消処分無効確認の訴を東京地方裁判所に提起した。
しかるところ、右裁判の確定を待つていては、回復の困難な損害が生じるため、その損害を避けるため緊急の必要があるので、右取消処分の効力を停止する旨の申立に及んだ次第である。
疎明資料<省略>
別紙三
行政処分執行停止申立書に対する意見書
記
申立の趣旨に対し
一、申立人の本件申立を却下する。
二、申立費用は申立人の負担とする。
との裁判を求める。
申立の却下を求める理由
一、北区長の公会堂使用許可について
昭和四三年四月一九日被申立人に対し、申立人から東京都北区公会堂の使用申請があつたこと、及び被申立人に対し、申立人から同公会堂使用料として、同日、半額四、五〇〇円を領収し、同月二七日残額四、五〇〇円を領収したことは認める。しかしながら、申立人が主張する使用の承認は、与えてはいない。なんとなれば、公会堂の使用料は申立人が主張するように領収しているが、公会堂の附帯施設の使用料については領収しておらず、使用料の全額が完納されていないので、使用承認書は正式に交付していない。(疎乙第一号証「東京都北区公会堂使用申請書」)
二、北区長の公会堂使用許可処分の取消について
被申立人は、同年五月八日付で公会堂使用料として領収した九、〇〇〇円を現金書留郵便をもつて申立人に還付したことは、申立人の主張のとおりであるが、申立人が主張するように公会堂使用許可処分を取消したのではなく、使用を承認しなかつたのである。その使用を承認しない理由は、次のとおりである。
(1) 右申請が現代文化研究所主催による講演会及び映写会であるという使用目的であつたにもかかわらず、その後当区が申立人について調査したところ申立人の同公会堂の集会は王子野戦病院開設阻止榎本重之さん虐殺抗議及び王子闘争出獄学生激励等の目的をもつて使用することが判明した。かかる事項は前記の申請における使用目的とその内容がいちじるしく相違するのみならず、このような集会は、いたずらに人心に不安を与え、ひいては公益を害し、さらには管理上の支障が生ずる恐れがあるものと認められるので、東京都北区公会堂条例(昭和三十五年七月東京都北区条例第三号)第三条の規定に基づき、使用の承認を与えなかつたものである。このことについては、申立人はかねてより王子野戦病院に反対する青年の会の構成員として王子野戦病院開設反対闘争に参加し、三派全学連中核派の指導機関紙政治新聞「前進」を発行していることは、申立人の陳述によつても明らかである。この政治新聞「前進」を発行している前進社の事業に積極的に協力する現代文化研究所は、三派全学連中核派の政治闘争の推進に協力するものであり、今回の公会堂許可申請もその関連においてなされたものであることは明らかである。さらに三派全学連指導機関紙政治新聞「前進」昭和四十三年四月二十九日付第三八一号によれば、五月二十日の北区公会堂における集会は、王子野戦病院開設阻止、榎本重之さん虐殺抗議及び王子闘争出獄学生激励五・二〇大集会の見出しをもつて、その主催者は全学連主流派(中核派)及び王子野病戦院に反対する青年の会、後援者は、マルクス主義青年労働者同盟・北部地区委員会及び革命的共産主義者同盟となつており、全学連委員長秋山勝行の基調報告、榎本重之さん虐殺真相報告及び出獄学生あいさつ等のプログラムが明示されている。これら関係者の数次にわたる王子野戦病院開設反対のデモにおいても北区王子本町週辺地域の平穏を害し、附近住民に多大の物資的、精神的被害を与えた過去の経緯に鑑み、前公会堂の使用は公会堂設置の趣旨に照し、使用承認を与えないことが相当であると認定したためである。
(2) 今回の集会は、屋内集会であるが、その集会の催し方及び集会後の散会者の行動等は、過去の屋外デモを身をもつて体験している本区にとつては、三派全学連の暴力デモ反対という区民の声がやかましい折から屋内集会だという固定した考え方のみにとらわれた見方は、適当でないと判断した。かかる使用不承認は、町の平穏を念願している区民の要望にも応えるものであると信ずる。以上のような理由から被申立人のなした前記使用の不承認は、適法であつて申立人の申立は、理由ないものと判断する。
疎明資料<省略>